メカルデンヤ

好きなものを好きなだけ。日記、読書、ゲーム、YouTube、音楽とか

蜜蜂と遠雷

 

23.03.29上読了

23.04.13下読了

あらすじ

近年その覇者が音楽界の寵児となる芳ヶ江国際ピアノコンクール。 自宅に楽器を持たない少年・風間塵16歳。 かつて天才少女としてデビューしながら突然の母の死以来、弾けなくなった栄伝亜夜20歳。 楽器店勤務のサラリーマン・高島明石28歳。 完璧な技術と音楽性の優勝候補マサル19歳。 天才たちによる、競争という名の自らとの闘い。 その火蓋が切られた。

恩田陸による、第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞を受賞した、長編小説。wikiによると、「国際ピアノコンクールを舞台に、コンクールに挑む4人の若きピアニストたちの葛藤や成長を描いた青春群像小説」

あらすじの時点からして面白そうだが、読んでみても結果・やっぱり面白かった。最初のパリオーディションからぐんぐん引き込まれていって、そこからはあっという間に読み切った、という感じ。音楽の知識が全然無くても楽しめました。クラシックを知ってたらより楽しめたんだろうな~と思う。

 

主な登場人物は、パリオーディションに突然現れた異端な才能を持つ少年・風間塵、母親の死後、コンサートに出られなくなったかつて天才少女と言われた栄伝亜夜、音楽の世界に未練があるサラリーマン・高島明石、日系三世のペルー人の母を持つ優勝候補と言われている天才・マサル

それぞれ異なった経歴や背景を持ちながらこの芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑むのだが、私が注目したのは普通のサラリーマンをやりながらピアノを弾く高島明石さん。

この人、音楽大学出身でありながら音楽の道へは進まず、楽器店に勤務していて、結婚して子どももいる。「天才ではなく、生活者の音楽の強み」を信じて努力している人で、他天才3人より、一番読者が親近感を覚えやすい登場人物なのかなぁと思った。「自分は天才であるあちら側の人間ではない、無数の名もない音楽家の一人」と自分のことを表現していたことを思い出す。なので作中で彼のコンクールの結果が出るたびに、一緒に一喜一憂していました。

 

他にも個人的に印象が強かったのが、ステージマネージャーの田久保さん。彼は舞台袖にいて、ピアニストや指揮者&楽員の登場を促す役目やステージの配置を決める役割を持っている人。本番直前のピアニストの状態を把握しながら「出番です」、と声をかける、かなり繊細さが求められる仕事をしている。ちなみに良いステージマネージャーは、音楽界の中でも名が知られているらしい。こういう人たちがたくさん裏手にいてこそのコンクールなんだなぁ、と思った。

 

今作は登場人物の葛藤や成長を描いた小説でもあるが、同時に音楽という芸術がいかに素晴らしいか、という面も描写されている。

今舞台の上にいる彼も、何千時間、いや、万単位の時間をレッスンに費やしてきて、あそこにいるのだと思うと感慨深い、同志のような気分になる。

コンテスタントだけではない。

後ろにいるオーケストラの団員も、指揮者も、子供の頃から気の遠くなるような時間を、レッスンに、音楽に費やしてきて、至上の瞬間を求めてここにいる。

凄い。

明石は素直に思った。

(略)

これだけ大勢の人たちが、生涯をかけるだけのものがあると信じて、この音を生み出しているのだ。

 

人間の最良のかたちが音楽だ。

そんなことを思った。

どんなに汚くおぞましい部分が人間にあるとしても、そのすべてをひっくるめた人間というどろどろした沼から、いや、その混沌とした沼だからこそ、音楽という美しい蓮の花が咲く。

僕たちは、あの蓮の花を、いつまでも咲かせなければならない。

もっと大きな花、もっと無垢で美しい花を。それが、人間であることに耐えていくよすがであり、同時に報酬なのだ。

 

音楽だけではなく、絵とか、他の芸術分野でも同じですよね、これ。自分も絵描きのはしくれですが、音楽という歓びをしよう、という描写に激しく同感しました。

 

あとがきは作者・恩田陸の担当編集者・志儀保博さん。

ここではいかにこの「蜜蜂と遠雷」が難産だったか、ということが書かれている(なんと完成まで12年!)。

本作で直木賞を受賞した後、編集者さんが当時を語る部分は強烈。

それからの取材依頼とその調整はまさに怒濤の勢いで、窓口になっていたわたしの携帯電話はメディアを始めとする未知の方々からの着信300件で瞬間的にいっぱいになり、10日で1500件のメールが受信ボックスを埋め尽くしました。そこから1カ月半の記憶がありません。

この作品は本屋大賞2017も受賞しているのだが、作者いわく「2回も選ばれるわけがない(第2回本屋大賞夜のピクニックでも受賞)」ということでほとんど話題に上らなかったそうな。受賞のニュースを担当者さんから聞いたときはなかなか信じられなかったみたいです。

 

今作の番外編が収録されている、同じく幻冬舎から出ている「祝祭と予感」。これも読みました。

収録されている話は、亜夜とマサルと塵が綿貫先生のお墓参りに行く「祝祭と掃苔」、三枝子とナサニエルの出会い「獅子と芍薬」、「春と修羅」が生まれるきっかけになった、菱沼と亡き教え子との記憶「袈裟と鞦韆」、マサルナサニエルの出会い「竪琴と葦笛」、奏の理想のヴィオラとの出会い「鈴蘭と階段」、ホフマンと塵の出会い「伝説と予感」。

登場人物に愛着がわいたまま終わってしまって悲しかったので、番外編があるのはとても嬉しい。本編では書かれなかった登場人物のプチ情報が詰まっていたので、とても良かったです。本編を読んだならこちらも是非。

 

ちなみに最近は赤毛のアンばっかり読んでいたので、日本の文学を読むのはめちゃめちゃ久しぶりでした。しかもkindleのキャンペーンで、上は半額で、祝祭と予感は300円でゲット。お得すぎる。